テロルの決算/沢木耕太郎

テロルの決算 (文春文庫)

テロルの決算 (文春文庫)

昭和35年、日比谷公会堂の演壇上で社会党浅沼稲次郎が右翼少年・山口二矢によって刺殺された。両手で短剣を腹の前に構え、浅沼にそのまま体当たりをして左脇に突き刺した。第二撃を左胸にくらわし、第三撃を与えようと短剣を水平に構えたとき、一人の刑事が短剣の刃先を手で握った。思い切りひいて手を振り払えば自決することもできたが、そうすれば刑事の手はバラバラになってしまう。自決を断念し刀の柄から手をはなすと、複数の刑事によって羽交い締めにされた。
右翼のなかで「二矢伝説」とも呼ばれたこの一瞬の出来事。この暗殺劇に向かうまでの、山口二矢浅沼稲次郎のふたりの主人公の生き方を追ったノンフィクション。沢木耕太郎がまだ20代のころの著書。
山口二矢が若いうちから右翼団体に出入りし、その思想にどっぷりはまり、またラディカルな態度から行動が伴わない団体へ一部で苛立っていく姿を詳らかにしている。また浅沼は行動の人として愚直に全国を遊説していく姿が印象的な人物だが、浅沼自身が語った「私の履歴書」から消えたいくつかの要素を明らかにしていくのがおもしろい。政治家として現実を是認し追随しているだけの浅沼と純粋な社会主義者としての浅沼という矛盾をささえきれなくなり、獄中から友人に『「マルクス」のような人と「マルクスが書いた本」のような人はちがう』『何が現実主義だ』と手紙を出したり、弾圧への恐怖とリンチされた記憶で発狂する姿など、誰もに愛された浅沼とはちがう葛藤がみえてくる。
そしてこの二人が日比谷公会堂の壇上で交差する。あっ、と声を上げる間もないように二人の人生が短剣によって決着する。その仕立てが見事で、当時事件を間近で見ていた関係者・聴衆・TV視聴者があっけにとられたような感覚が自分の中で再生されます。
ちなみに山口二矢をモデルに描いた本としては大江健三郎の「セブンティーン」「政治少年死す」もあります。ちなみに大江さんはこの出版で右翼からも左翼からも叩かれる厳しい状況に陥ります。