組織エスノグラフィー/金井壽宏, 佐藤郁哉, ギデオン・クンダ, ジョン・ヴァン-マーネン

組織エスノグラフィー

組織エスノグラフィー

いわゆる「エスノグラフィーの告白本」です。豪華な執筆陣がどのように問題意識をもちどのように悩みどのように書いたかを、告白形式で書いてあります。たとえば佐藤郁哉さんの「暴走族のエスノグラフィー」や「現代演劇のフィールドワーク」がどのように書かれたか、その研究環境(どの先生に何と言われたか…なども)まで書いてあります。エスノグラフィーのファンとしては、とても面白く読むことができます。
ただし「組織エスノグラフィー」というタイトルですが、エスノグラフィーの「入門書」というにはレベルがやや高いようにも思えました。いちどもエスノグラフィーを書いたことがないひと(少なくともフィールドワークをしたことがないひと)または4人の著者の作品を読んだことがない人にはピンとこない内容だと思います。
また、あくまでも学術書なのでビジネスで使用する目的の方には向いていないでしょう。本文中にも「猫も杓子もエスノグラフィー」と書かれていますが、昨年2010年のエスノグラフィー・ブームともいうべき動きもあり、さまざまなクオリティのエスノグラフィーのレポートが世の中に出回っていると思います。ぼく自身も企業のマーケティング活動で「エスノグラフィーをやってほしい」という無理なオーダーを受けたことがあります。反省をこめて言いますが、「自称・エスノグラフィー」のような極めてグレーな作品(レポート)がいまもどんどん生み出されています(ちなみにそのあたりは「ビジネス・エスノグラフィー」という造語を作った博報堂は、「ホンモノ」と「ビジネス向け」をちゃんと意識して区分けして使っているように思えますが、「エスノグラフィー」自体がバズワード化してしまったこともあり、その区分けに意識的なひとは多くないと思います)。この本を読むと、改めてエスノグラフィーと呼ばれている世界の担保すべきクオリティを考えさせられます。やはりエスノグラフィー・ブームはどうしても冷ややかに見てしまいます。
仕事をしていると、誰かの作った知識で簡単に理解した気持ちになってしまいますが、実は知識とは複雑で混沌とした世界から生み出されたものだ…というのはよくよく胸に刻んでおく必要があります。知識としてかたちになっていると妙に信用していまいますが、ほんとうは「ぐにゃり」としたもので、何度も振り返ってみる必要があるものなのだと思います。ぼくたちは知識が当たり前だと思い込んで、思考停止を起こしています。そこにチャレンジする手段のひとつがエスノグラフィーやフィールドワーク、観察など異人としての振る舞いなのだと思います(そしてその前提に「ぐにゃり」を受け入れられる姿勢というか素質というかが必要な気がしています)。
ちなみに著名な先生方が登場するのも見どころの1つです。ヴァン・マーネンさんやエドガー・シャインさんが金井さんの先生であることは知りませんでした。